大阪日本一の時代がホンマにあったんやて! 東洋のマンチェスターと称された栄華を振り返る


大阪東洋のマンチェスターや!」
明治~昭和を舞台にした朝ドラ『わろてんか』の放送(12/5)で、登場人物がこのような感嘆の言葉を語っておりました。

マンチェスターとは、英国の産業革命によって発展を遂げたイギリスを代表する商工業都市です。
要は、日本を飛び越えてアジア一の都市である――そんな矜持の見え隠れする称号ですが、実際、彼らの言葉の通り、かつて大阪は日本第二の都市ではなく、第一の都市だった時代もあったのです。

それが一体どれほどの賑わいだったのか。
幕末から振り返ってみましょう。

 

「狸のせいでアカンようになってしもた」

「あの家康の狸のせいで、大阪はあかんようになってもうた」
的な怨み節と申しましょうか。

徳川家康が豊臣家を滅ぼし、江戸に都を置くから大坂(大阪)は駄目になってしまった」という話はよく言われることで、南宗寺には家康の墓標があるほどです(どんだけ~)。
正直これは洒落というか、どこまで本気にすべきかわからないところでありまして。

大坂は確かに「大坂の陣」で大打撃を受けました。
しかし、そこから復興し、商業の町として江戸時代に大発展を遂げるわけです。

関東人から見ればキツい大阪弁の中には、一方でユーモアも多分に含まれており、柳のようにしなやかで図太いというか、簡単にはポッキリと折れない強さを感じます。
根っこには、そういった商人文化の逞しさがあるのでしょう。

「おおさか」の表記としては、「大坂」か「大阪」か、迷うかもしれません。

江戸時代までは両方の表記があり、明治時代に「大阪」が正式名とされました。
なぜ「坂」が「阪」になったかと言いますと、19世紀あたりから「坂」という字が不吉だとして「阪」を使う方が出てきたからだそうです。まぁ縁起担ぎですな。

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まぼろしの「大阪遷都計画」と経済低迷期

「家康が余計なことをしなければ大阪が日本の首都やった!」
というifではなく、大阪が日本の首都に近づいた時があります。

それは明治維新後の「大阪遷都計画」でした。

戦乱で荒廃し、混乱している江戸よりも、大阪の方が首都にふさわしいという同計画。
一時はこういった論議が湧き起こりましたが、結局は二百年以上にわたり首都として機能していた江戸のほうがメリットが大きいと判断されます。

大久保利通が、徳川家を東京から駿府に移し、それから東京を首都とする意見に傾きました。

もし大阪が日本の首都だったら?

明治初期にも湧いたそんな想いも結局、秀吉の辞世と同じく「夢のまた夢」と消えてしまったのです。

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五代友厚が復興に励む

明治維新後の大阪は、経済的に打撃を受けます。

・銀本位制の廃止
・藩政消失による債務取り消し

基軸通貨を変えられ、大名に貸していた金を取り立てられなくなる等、経済システムの大変換が起きて、商家は大打撃を受けたのです。
多くの老舗が店を失い、消えてゆきました。

そんな大阪を救うことになるのが、大久保利通の盟友でもあった薩摩出身の実業家・五代友厚です。

彼は大阪商法会議所(現在の大阪商工会議所)を設立し、大阪経済の回復に取り組みました。
このあたりの混乱は、2015年度朝の連続テレビ小説『あさが来た』において、ヒロインのあさが直面した困難として、描かれていました。

五代友厚/国立国会図書館蔵

 

都市インフラ整備と小林一三の功績

五代友厚の死後、大阪は順調に商工業都市として発展を続けます。
それにブレーキがかかったのが、1904年から始まった日露戦争バブル崩壊後の不況でした。

この不景気で路頭に迷ったのが、証券会社の設立計画が流れてしまった小林一三です。

しかし結果として、この小林の挫折は、彼自身にとっても大阪の発展にもプラスであったかもしれません。

証券会社の話が立ち消えとなった小林は、電鉄事業を展開します。

才知あふれる小林は阪急電鉄の社長となり、彼の構想はそれだけにとどまりませんでした。
デパート経営、宝塚歌劇団、東宝映画等、様々な事業を展開し、大阪経済を牽引することとなるのです。

彼はドラマ『わろてんか』で高橋一生さんが演じる伊能栞のモデルとされております。
より詳しい功績につきましては以下の記事をご覧ください。

わろてんか伊能栞(高橋一生)のモデル 小林一三の生涯84年をスッキリ解説!

 

そして「東洋のマンチェスター」へ

1909年、大阪北部で大規模火災が発生し、市街地が焼け落ちました。

「キタの大火」と呼びます。
さらに1912年には、今度は南部で「ミナミの大火」が発生します。

この二度の大火災によって、江戸時代からの大阪の街並みは焼失。
復興の際は、燃えやすい木造建築ではなく、鉄とガラスとコンクリートによる建物が建てられました。

そして1914年に第一次大戦が起こると、大阪は工業都市として凄まじい好景気に見舞われます。

「東京のマンチェスター」

ついにイギリスに比する都市として呼ばれるようになったのです。

1920年代に入ると、大阪は全国一の都市計画を遂行する都市としても知られるようになりました。
コンクリートの近代建築がそびえたつ街並みを、モボ・モガ(モダンボーイモダンガール)が颯爽と歩く。

モボ・モガ(ただしこの女性たちは銀座で撮影されたもの)/wikipediaより引用

ネオ・バロック建築の美しい大阪府立中之島図書館は、当時の面影を今に伝えます。

中之島図書館

ただし、これだけで日本一になったワケではなく、そこには不幸な天災が影響しておりました。
1923年、関東大震災が発生し、東京が壊滅的な打撃を受けたのです。

このとき一部の被災者は大阪へと転入し、人口は211万人を突破。
ついに大阪が日本一の都市となったのでした。

それは1932年に東京市が市域を拡張して人口を逆転しても、大阪の活気は止まりません。
この頃には、大阪のシンボルが新たに一つ増えました。

大阪タイガースです。

ご存知、阪神タイガースの前身で、同球団は1934年末に誕生。創設当初から、日本最古のプロ野球チーム「東京巨人軍」とライバル関係にありました。
巨人VSタイガースは、都市をも代表する、まさに宿命の対決なのです。

日本第二の都市、関西最大の都市、東京にも負けない都市、大阪。
その賑わい、明るさは商人文化と相まって他の追随を許さないものです。

が、それだけに戦争の影響は小さいものではありませんでした。

 

大阪大空襲からの復興

戦局が悪化し、日本中が空襲にさらされた1945年(昭和20年)。
日本第二の商工業都市である大阪も、その標的となりました。

モダンな近代建築と美しい街路樹が立ち並ぶ、「浪華の八百八橋」と呼ばれた大阪の街並みは、軒並み焦土と化します。

焦土と化した大阪(左側の線路は南海電鉄)/wikipediaより引用

2013年朝の連続テレビ小説『ごちそうさん』では、ヒロインの姪っ子たちが、空襲の最中、地下鉄で避難する場面がありました。
この事実は、1990年代後半に再発見された史実であり、それをドラマに反映させるというのは意欲的な取り組みでした。

それでも焼け跡を生き延びた大阪の人々は、戦後復興に取り組みます。

ミシンで服を縫い、洋品店店主として生き抜いた、2011年朝ドラの『カーネーション』。

戦後、闇市に出回る粗悪品ウイスキーに対抗し、安く品質のよいウイスキーを販売することにこだわった2014年の『マッサン』。

復員する夫を待ちながら、子供服ブランドを立ち上げた、2016年『べっぴんさん』のすみれ。

そして2018年放送予定の『まんぷく』では、闇市で一杯のラーメンのために並ぶ人々を見て、誰もが簡単に食べられるインスタントラーメンを生み出す主人公・安藤百福(あんどう ももふく)の姿が描かれます。

近年の大阪製作の朝の連続テレビ小説は、大阪を中心とした関西地方の歴史を背景としています。
かつての姿を想像しながら鑑賞すると、より楽しめるのではないでしょうか。

文:小檜山青

【参考文献】

 

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