司馬懿~ボケ老人の振りして魏を滅ぼす 諸葛亮のライバルが演技派だった理由


『三国志』(横山光輝三国志含む)をワクワクしながら読んだあの日を今なお忘れられません。

応援していた蜀の人々が滅び、呉もダメで、魏すら晋によって滅ぼされてしまう、あの無念、あの悲しみ。
まさに究極のバッドエンドであり、大人になった現在でも思い出しては胸がキュッと切なくなります。

魏に引導を渡し、三国志読者を悪夢にたたき落としたのは、司馬懿(司馬懿仲達)です。

しかし司馬懿はなぜ魏を裏切ったのか。
彼にも相応の理由がありました。

 

仮病を装い仕官を断っていた

魏の軍師として活躍した司馬懿。
しかし、彼はそもそも仕官を望んではおりませんでした。

司馬懿の父・司馬防は、後漢末期に洛陽の知事を務めました。
曹操を洛陽北部尉に推薦したのも、司馬防です。

彼の息子は八人とも大変優秀で「司馬八達」と呼ばれており、司馬懿は二男にあたります。

曹操からすれば、
「司馬家には私を見いだしてくれた恩義があるし、息子は優秀。是非ともスカウトしたい」
といったところ。

しかし、司馬懿は「中風だから」と断ります。
「この司馬懿が最も好きな事のひとつは、自分の家に仕官して当然と思っている奴に『否』と断ってやる事だ……」
とまぁ、曹操にしてみりゃありえないわけですね。

なんせ当時の曹操は、官渡の戦い(201年)で宿敵・袁紹を打ち破り、絶好調だったのですから。

「嘘だろ! 仮病じゃないのか? いくら何でも針で突き刺したらばれるって」
曹操は病気を口実とした司馬懿を疑い、スパイに命じて就寝中の司馬懿にブスッと針を刺してみます(何を考えているんだ)。

司馬懿はあくまでシラを切り通し、病気による“関節麻痺”の演技を続けたのでした。

 

曹操に押し切られてしぶしぶ……

そんな司馬懿にもミスはありました。

本のカビを取るために干していたところ、雨が降ってきたので起き上がってあわてて取り込んだのです。
病気で俊敏に歩けるハズがないのにやっちまった、ワケです。

しかし、その後の司馬懿の奥さんがスゴい。
妻の張春華はこの様子を目撃した女中を殺害し、口を封じたのです(この逸話に関しては創作説も)。

いずれにせよ、司馬懿をどうしても諦めきれないのが人材マニアの鬼・曹操。
彼は208年にまたしても司馬懿を招聘し、今度は強く迫ります。

「おい、病気じゃないんだろ? 仕官するか逮捕されるか、二択だぞ」
かくして司馬懿はしぶしぶ出仕することにしたのです。

なんせ兄弟も魏に仕官しており、ヘタすりゃ一族にも害が及ぶってワケで残された道はありませんでした。

後のライバルともいえる諸葛亮の仕官とは正反対ですよね。
諸葛亮と違って主君に忠誠を尽くさないのも、仕官の過程を考えると納得できるかもしれません。

ちなみに司馬懿は、ドラマ、ゲーム、漫画では年老いた姿で描かれることが多い傾向があります。
「待てあわてるなこれは孔明の罠だ」でおなじみの横山光輝の漫画もそうです。

しかし実際は、曹操の家臣の中では若手、第二世代です。
実はこれまた漫画やゲームでは若々しい荀彧よりも16才年下。仕官してもなかなか活躍の機会はなく、数年間はおとなしくしています。

かなりの遅咲き男でした。

 

曹丕のブレーンとして諸葛亮の行く手を阻む

曹操には渋々仕官した司馬懿ですが、その嫡子・曹丕とは気があったのでしょう。ブレーンとして活躍します。
曹操に使えた世代が退場してゆく中、魏きっての知将として、その存在感を増してゆきます。

蜀の諸葛亮のライバルとして、その行く手を阻む存在としても、三国志ファンにはおなじみでしょう。

こんな後世の描かれ方を本人がもしも知ったら、
「俺の活躍はそこだけじゃないだろ」
と、言いそうな気がします。

フィクションでは、どうしても諸葛亮の引き立て役になりがちですが、司馬懿の真骨頂はまだまだこれから。

曹操も、曹丕も、諸葛亮も世を去ったあと。魏王朝を侵食し、破滅に追い込むときなのです。

 

曹爽との対立

三国志を彩る英雄たちがあらかた退場しても、遅咲きの司馬懿はまだまだ全盛期。
237年、還暦を過ぎていたにもかかわらず、司馬懿は公孫氏を滅ぼして、洛陽に帰還します。

そこに待ち受けていたのは、死に瀕した曹叡(明帝/曹操の孫で、曹丕の子)でした。

曹叡の子は早世していたため、一族の曹芳が少帝として即位します。
ここで、まだ幼い曹芳を誰が補佐するのか?という権力争いが勃発するのです。

司馬懿と対立したのは、曹操の甥・曹真の子である曹爽でした。
司馬懿にとって曹真は元上司にあたります。はじめのうち数年間は、二人ともそこまで険悪でもありませんでした。

なにせ司馬懿は還暦過ぎの爺様です。
曹爽にしてみれば、
「どうせジジイだしコロッと逝くか、耄碌するだろう」
くらいの甘い見通しがあったのかもしれません。

曹一族のお坊ちゃまであり、野心だけはあって実力を伴わない曹爽。
彼は244年、司馬懿の反対を押し切り、武功欲しさに蜀に攻め入った挙げ句、大敗を喫してしまいます。

司馬懿はだんだんと曹爽派の政治壟断(ろうだん)がうとましくなってきたのでしょう。
「私もそろそろ歳ですしのう」
そう言い訳をして、隠退をしてしまうのでした。

既に七十近く、隠退してもおかしくはない年頃。それでも曹爽は警戒を怠りませんでした。

孟達を追い込む司馬懿/wikipediaより引用

 

ボケ老人演技から、一転、クーデターでの大逆転

そんなある日、曹爽派の李勝が司馬懿のもとを訪れました。
司馬懿は口元から粥をボロボロとこぼしています。

「このたび本州(出身地、李勝の場合は荊州のこと)に赴任することになりまして」
「ほへぇ~、并州でございますかぁ~」
「いえいえ、本州です」
「え、なんですって?」
「ほ・ん・し・ゅ・う、です!」
「并州ですかぁ、へえ、へぇ。もう歳で耳が遠くなってしまって、すみませんのぅ」
「本州なんですけどね」
「并州はよいところだと言いますなぁ~」

駄目だこりゃ。完全にボケちゃったよ。
李勝は油断して曹爽に「司馬懿のジジイ、ボケちまってますからもう安全ですよ」と報告しました。

そして249年、曹爽は安心したのか、曹芳のお供をして洛陽を留守にしてしまいます。

「待ってたぜェ!! この時をよぉ!!」

瞬間、ボケ老人演技をやめた司馬懿は素早くクーデターを起こすのです。
まず曹叡の郭皇后に曹爽の解任を求め、自己を正当化する文書を提出。しっかりと手続きをふまえた上で、我が子の司馬師、弟・司馬孚らを配置して、完璧な反乱を起こしたのです。

完全武装した司馬懿本人は、曹芳を待ち受け、上奏文を出しました。
さらに曹爽には「今なら罷免だけで許すよ」と誘いをかけます。

曹爽はブレーンが警戒しろというのを無視して、「まあ、罷免されても金持ちではいられるし」と余裕をかましていました。

しかし、司馬懿がそう甘いわけもなく……一族郎党、一派もろとも逮捕された曹爽は、三族まで処刑の憂き目にあいます。
このとき司馬懿は古希を過ぎた71才。
当時は生きているのも稀とされる年齢で、魏へのクーデターを完遂したのでした。

政敵にとどめを刺した司馬懿は、その二年後に死去します。享年73。
そして、その子&孫の世代で完全に魏の息の根を止め、晋が建国されます。

仮病を使うほどいやいや魏に仕官した以上、そもそもがどの程度忠誠心があったか不明の司馬懿。
ましてやその子は魏に恩義などわるわけなく、さらに冷たく政権奪取をすすめてゆくのでした。

その過程はなんとも陰惨で爽快感がカケラもなく、前述の通りバッドエンドそのものと言えるのです。

 

司馬懿にもイケメン化の波がやって来た

そんな司馬懿の、爽快感や忠義と無縁の生き方は、知名度があるにも関わらず人気が低いものでした。
しかしその状況も変わりつつあるようです。

中国のドラマ『大軍師司馬懿之軍師聯盟』は、司馬懿が主役。
シブいイケメン人気俳優・呉秀波がタイトルロールを演じています。

さらに『三國機密之潛龍在淵』でも、これまたイケメン俳優の韓東君(エルビス・ハン)が司馬懿を演じているのです。

まさか司馬懿イケメン化時代が来るとは予想外でしたので、これを書きながら私も驚いています。

行動が陰湿に見えても、彼なりの言い分はあるでしょう。

ドラマですとそういうシーンが見られるのかどうか。
是非とも日本語化されて欲しいところです。

文:小檜山青

【参考文献】

 

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